バシャールの言葉を易的に解釈してみる

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バシャールの言葉を易的に解釈してみる

願いを願う時、力を抜いて力まない方が数百倍の早さで願いが叶います。

しかし、一般的に本気のお願いに関しては、特にリキんでしまいがちです。

『これがないと先にいけないから』と言い、何が何でも欲しい欲しいと切望します。

しかし、この意識で願いがやってくる事はできません。
なぜなら、『足りない視点』で願っているからです。

では、力を抜いた方が願いが叶うのはなぜなのでしょうか?
それは、余計な力が混入されていないからです。

つまり、抵抗エネルギー(摩擦となるエネルギー)がないので、エネルギーがスッとやってくる事ができるからです。

力んでしまうと、そこに摩擦となるエネルギーが入ります。
そうなると、物質化に向けて動き出した列車の車輪に重石がつき、歩みを遅らせてしまう事にあります。

たとえば、力を抜いて願う願いは100のフルスピードで貴方の元へとやってくる事ができます。

しかし、力んで願う願いの場合は、50、30、10と著しく遅いノロノロペースでやってくる事になりますので、あまりにもノロノロ過ぎて現世で願いが叶わないかもしれません。

高次の存在であるバシャールが下すメッセージ。いわゆる「引き寄せ」の力を実践するために、具体的な方法をわかりやすく説明しています。

ところで、「引き寄せ」…という時点で、オカルティックに感じてしまう人もいると思いますから、これを易的な視点で補ってみたいと思います。

「 願いを願う時、力を抜いて力まない方が数百倍の早さで願いが叶います。 」

易経の究極的な理想は陰陽の程よい調和です。乾為天と言う全陽の卦は、確かに大吉の卦でありますが一方で非常に不安定な時でもあります。

なぜならば全爻が陽であるから、その状態を維持できないからです。だから吉がすぐに転じて凶となりかねない。

ゆえに昔の易者は好んで地天泰の卦を商売のシンボルとして使用しました。この卦は陽爻と陰爻が3つずつとバランスがとれているから、吉の状態が長続きする…故に「泰」の名がついています。

バシャールの言う「力み」とは陰陽のバランスが取れていない時。いうなれば全陽、または全陰で占められて、そこに異質なものが入ってこられない状態にあったり、不足する方をめぐって、残る過多な方が相争ってしまい、結果として“引き寄せることができない”とバシャールは説きます。

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「 この意識(切望)で願いがやってくる事はできません。 なぜなら、『足りない視点』で願っているからです。 」

この“足りない視点”が全陽の乾為天であれば不足する陰爻、同様に陰陽のバランスが取れていない卦であれば不足する陰陽どちらかを切望する状態であり、その切望状態においては視野が狭くなり思いも行動も凝り固まってしまう。

この“凝り”の状態を易経は最も嫌います

なぜならば、易経の本質は「たゆまない変化」にありますから、意識も行動もそういった“凝り”の状態にある時は、その凝りをほぐそうと“真逆”に作用するからです。この“凝り”をバシャールは“抵抗エネルギー”と表現します。

乾為天の卦は陰爻(- -)を欲する。しかしその時に陰爻(- -)を欲することに固執すると、その固執=凝りをほぐそうと、かえって真逆に作用して乾為天の状態を維持しようとします。卦象の吉凶から断ずれば、乾為天は大吉の卦ですからこの状態はかえって良いように見えますが、乾為天の上爻は“亢龍悔い有り”で大凶で、一見良い様で破滅に至りかねない危うい状態です。

地天泰のように三陰三陽と、陰陽バランスが取れている、陰であって陰に過ぎず,陽であって陽に過ぎないニュートラルな状態が何かを受け入れやすい状態にあり、これが引き寄せる速度に影響します。

バシャールが説く“力んで願う=切望”は“列車の車輪に重石が付いた状態”とは、このように卦象の変化を阻害する事を指し示します。易経はこの事を卦象をもって説明します。

例えば、乾為天に一陰が入って来る天風姤、あるいは一陰が残る沢天夬と言う卦は、面白いことにこの一陰が非常に強い。

この場合、この一陰が列車の重石です。

天風姤では男性ばかりの中に一人の美女が入り込むという状態で、五人の男性が一人の女性に手玉に取られる状態です。本来望ましくない形ではありますが、卦の象(形)として卦中の五陽が一陰に固執してしまっているので、かえってこの状態が形として維持されてしまいます。これが天風姤と言う卦の時、状態を表します。

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沢天夬では上爻に位置する悪の親玉を排除する時ですが、ゲームで言う所のラスボスですから非常強いわけです。なかなか排除には至らない。

ゲームで幸運を! on Twitter: "僕「いよいよラスボス戦や…!」ヒュルルルルー 僕「…!?BGMがない無音やと!?」  https://t.co/YU7fI6KUyx https://t.co/V8RooYluep" / Twitter

易の卦象の中で、一陰をめぐって残る五陽が、天風姤であれば一人の女性をめぐって俺が、私がと。

沢天夬であればラスボスを倒すのは俺だ、私がと相争ってしまい、それがためにかえって一陰が残り続けてしまうことを、易経は象(形)を以て表しているのです。

この五陽の相争う状態をバシャールは“抵抗エネルギー”あるいは“列車の重石”に例えているのです。

願いがやってくるパイプは、ソース(源)と物質界の貴方を繋げています。

願いがやってくるパイプは、最初何の曇りもないクリアなパイプで誕生していますが、願いをブロックする想いによってパイプは錆てゴミが溜まってしまいます。

『これが欲しい、だけど自分には無理だ』、この想いが願いがやってくるパイプを詰まらせてしまう原因になっているのです。

願いがスムーズにやってこれるようにするには、パイプをクリアに保っておくことが必要です。

すなわち、願いがやってくるパイプ=願いに対する貴方の想いを濁らせないことです。

では、『願いに対する想いを濁らせない』とはどういったことなのでしょうか?

たとえば、素敵な恋人が欲しいという願いに対する想いをピュアに保つにはどうすれば良いのでしょうか?

答は、『その願いが手に入っていなくてもハッピーな自分』でいること、そこに尽きます。

『あってもなくてもよし』の自分になり、たとえその願いがなくても喜びの自分でい続けます。

そうすると、パイプが詰まることなく最も効果的に願いがやってくることができるようになります。

易経は物事を表すのに文字として「吉凶」を充てる。占いとしてとらえた時、吉=善、凶=悪という価値観で人間は判断します。

しかし、既に繋辞伝で読み解いてきている通り、吉=生成化育、凶=還元再生ですから、吉凶の目指すところの本質は「究極的な生の活動」でありそれが「愛」です。

したがってバシャールの言う 『その願いが手に入っていなくてもハッピーな自分』 とは、吉凶≠善悪であり、今の自分が既に「愛に満たされている」ことを感じている、悟っている状態です。

晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿は変らざりけり (山岡鉄舟)

易占もまた、占う目的を定めて立卦する時に、“吉が出てほしい”という私情が入ると全くその逆の結果を示す卦象が出たり、あるいはその読み時が非常に難解な卦を易神は指し示します。

これはバシャールの言う“パイプの詰まり”であって、意識が濁った状態です。

発する問いには理想や夢といった私情が入らないと、その占う目的が定まりませんが、答えを受け取る時は可能な限り“無心=ニュートラル”の状態にならないと、はっきりとした答えは得られないのと同様に、その私情が強い願望は叶わないのです。

情熱と執着の違いは明白ですが、しばしば私たちを混乱させてしまうことがあります。

情熱、すなわちワクワクは考えているだけでも心が躍ります。
しかし、執着は非常に不快な感覚を覚えます。

二つのエネルギーの共通項は、自分の願いを見つめているということ。

二つのエネルギーの違いは、ポジティブな視点で願いを見つめているのか、またはネガティブな視点で願いを見つめているのか、そこに違いがあります。

もっと違う言い方をすると、情熱は願いのバイブレーションを受け取っている視点で、願いがやってくることを信頼して前へ進んで歩んでいます。

一方、執着は自分のバイブレーション内に願いが欠けていると認識する視点ということが言えます。
つまり、願いがやってくるとは信じていません。

ですから、両方似ているようで性質はまったく正反対になります。

しかし、執着を持ってはいけないとは言っていません。

執着を感じるということは、それだけ願いを強く願っている、それだけその願いにフォーカスしていることを意味しています。

つまり、強く欲する願いを認識していることになりますから、執着は悪いことではりません。

ただ、フォーカスするポイントが『欠けている視点』だから不快な感情を感じるのです。

この想いをポジティブ側へシフトしていけば、直ぐに情熱やワクワクの感覚へと変換することが可能になります。
つまり、願いがやってくる道を進んで行くことが可能になります

情熱と執着の類似性とその相違性を易経、繋辞伝で孔子はこのように解説します。

君子は上交して諂(へつら)わず、下交してけがれず、それ幾を知れるか。(易経・繋辞下伝第5章第12節抜粋)

「 君子は上と交わって媚びへつらうことなく、下と交わって見下したりあなどることをしない。尊敬し信服することと媚びへつらう事、また親しみと狎れることは一見すると似ているが、その実は大きく異なるものである。 その区別を明確に成せる君子であるならば、その兆しに氣付くであろう。 」

孔子の言う“兆し”とは、易経の指し示す微細な変化の兆候であり、これがバシャールの言う“引き寄せの力”です。

易経の摂理、その作用を最大限に引き出すのであれば、その時に応じた行動であったり意識が必要であるが、それではその時に何が必要とされているかを知るには、容易なことではありません。

そこに“兆し”という易経が示すサインに氣付けるか否か?これに氣付いた時、バシャールの言う“ ソース(源=易経で言う太極)と物質界の貴方を繋がっている”状態であり、このような時、抱く願望は重石のとれた特急列車で自身の元に訪れるはずです。

バシャールは便宜的にポジティブとネガティブを使い分けていますが、これはポジティブ=陽、ネガティブ=陰ではなく、ニュートラル=ポジティブ、固執、執着=ネガティブととらえるとわかりやすいでしょう。

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