織田信長とイエズス会の関係を追う
歴史の闇に「五行易」で挑む!
謎の多い歴史的事件の一つに織田信長の暗殺「本能寺の変」があります。
明智光秀の謀反により、天下人の織田信長が、天下統一目前に命を落とした事件ですが、未だにその真相は明らかになっていません。
過去の予報の枕に本能寺の変の真相に迫ったことがあります。
この時は、信長が皇室という「権威」すら手にしようとしたために、朝廷が武家統領としての地位を引き換えに、明智光秀、徳川家康らと密かに手を結び、結果信長を排除したという「朝廷黒幕」説を是としましたが、こんな説もあるようです。
本能寺の変「イエズス会関与説」 イエズス会が日本制圧のために信長を操っていた!?
本能寺の変の真相は諸説あるが、その一つに「イエズス会関与説」というものがある。
スペイン・ポルトガル等の南欧勢力がイエズス会(=カトリック教会に属する男子修道会)を通じて信長に資金援助を行なって天下布武を推し進めさせ、天下統一の暁には信長を利用して中国を征服させようとしていた。しかし、信長が独自路線を進め始めたために、イエズス会が謀殺したという説である。
何とも壮大な説であるが、この「イエズス会関与説」は、論拠となる部分に史料の誤読や論理の飛躍が見られるため、多方面からの批判が寄せられており、本能寺の変の黒幕説の中において、最も荒唐無稽な説と評されてもいる。史料に基づく裏付けがきちんとなされていないのも問題だという。
ただ、イエズス会には日本の植民地化の先鋒部隊という側面は確かにあった。しかし既に鉄砲の大量保有国となっていた織田政権下の日本を武力で制圧するのはそう簡単ではなかったろう。となれば、信長を利用してまずは中国を制圧するか、と考えたとしても不自然ではない。

イエズス会という組織は、歴史的に見てもヨーロッパの植民地支配の先兵となっていたという事実は明らかになってきています。
また、歴史の闇の部分としては、このイエズス会と「ユダヤ教」は密接にかかわっており、ユダヤの世界支配の一端をこのイエズス会が担っていることも明らかにされています。
https://note.com/mmirok_bosatu/n/n3e2e1b57d41a
https://sekennimonomousu.com/approaching-the-true-identity-of-the-dark-authoritie-7
本M16の情報将校のジョン・コールマン博士『秘密結社全論考』によれば、イエズス会の創始者、イグナティウス・ロヨヤがイエズス会の思想をまとめた教義書は、ユダヤ教の「タムルード」を素地としてまとめられており、イエズス会=カルトとコールマン博士は認定しています。
1543年の鉄砲伝来以降、スペイン、ポルトガル人が相次いで九州に上陸、同時にキリスト教を伝え、九州の有力大名がキリスト教に改宗します。
いわゆるキリシタン大名の登場は、一方で大名の占領地の非キリスト教の仏教徒や神社の門徒たちを奴隷として海外に輸出していた…という別の闇の歴史があります。
https://nihonsi-jiten.com/kirishitan-daimyo
大村純忠 長崎の始まり
大村純忠は肥前の大名であった有馬家から養子として大村家の当主となった人です。
この人が治めていた土地は元々貿易が盛んなところでしたが外国人が来ることはあまりありませんでした。そんな大村家に転機が・・・。なんと1561年にそれまでの南蛮貿易の中心地の一つであった平戸でポルトガル人が殺害されるという事件が起きてしまいます。
純忠はこれはチャンスとしてみて平戸から退去したポルトガル人に対して港の貸し出しを行い南蛮貿易を盛んに行おうと計画します。
この計画は見事に上手くいき、大村家の領地での南蛮貿易が盛んに行われ大村家の財政は潤いまくりました。純忠はこの頃にキリスト教に改宗。領地の民衆にキリスト教の信仰を勧めました。
しかし、キリスト教はメリットがあればデメリットもあり、キリスト教を敵視していた人によってその港が焼き払われてしまいます。
これでは南蛮貿易が出来なくなってしまう。そう思った純忠はとある港を新たに貸しました。それが今の長崎です。
しかし、この人の信仰はあまりにも苛烈すぎたため、キリスト教を信仰していない人を奴隷として海外に売り飛ばしたりして奴隷貿易をしている側面もありました
信長亡き後天下人となった秀吉がバテレン追放令を出した背景には、九州に駒を進めた秀吉が、キリシタン大名の支配地で非キリスト教徒の民衆が奴隷として人身売買を行われている実態を知ったからであり、その後の徳川幕府がキリスト教を禁教とした理由も、キリスト教(=ユダヤ教)が国内で拡大し、国の秩序を乱すことを恐れた結果、先見の明ということもできそうですが、果たして信長はそうではなく、イエズス会(=ユダヤ)を国内に引き入れるきっかけを作ってしまったがために、本能寺で討たれたのでしょうか?
占的「織田信長とイエズス会の関係は?」
立卦及び卦象
本卦「沢風大過」、之卦「沢山咸」を得ました。
本卦は嵐、本能寺の変で討たれた信長、嵐に遭遇した様子でしょうか?
之卦は恋愛という意味で、織田信長が南蛮人、この場合ルイス・フロイス等の宣教師と懇意であった様子、一方でイエズス会が信長に取り入った様子とも受け止められます。
父母を教団、団体組織でこれをイエズス会と見、応爻を信長と見ます。

父母は二爻と四爻に現れて空亡しています。歴史上イエズス会が信長とどのような関わりがあったのか、本能寺の変とイエズス会の関わりは明らかにされていません。
四爻の父母は施工ですから、今房主がその情報が事実であるのか検証している様子。
応爻は白虎の血神を帯びたので、本能寺の変で命を落とした信長の様子です。
未日に冲を受けて暗動しています。日辰帯類は妻財でこれを金品とすると、信長がイエズス会や南蛮商人を通じ金品を引き換えにキリスト教の布教を許していた様子のようです。
さて、この卦も独発です。
沢風大過の二爻の爻辞に注目します。
枯楊稊を生ず。老夫其の女妻を得。利ろしからざるなし
枯れかけた柳の根元からひこばえが生じた。年取った男が若い妻を娶った。悪いことは一つとして無い(大変良い時である)
解釈に悩む爻辞ですが、織田信長とイエズス会とのつながりが「時代を超えて(枯れ柳の切り株からひこばえが生じた)」明らかになった。「年をとった男が若い妻を娶った」とは、戦国時代に日本に到来した南蛮人(イエズス会=ユダヤ)が、秀吉の伴天連追放令、徳川幕府のキリスト教の禁教という時代を経て明治維新に再び日本に入り込んだ様子と見ます。
明治維新、その後の敗戦を経てすっかり日本もユダヤのステルス支配を受けるようになってしまいました。
ウクライナで戦争を引き起こしたのもシオニスト・ユダヤ。中東で戦争を引き起こしているのもシオニスト・ユダヤ。そして世界中で戦争を引き起こしてきたアメリカという国家もユダヤに蚕食された国家であり、キリスト教という宗教もいつのまにかユダヤに蚕食されています。
日本においては、この役割を「統一教会」が担い、その統一教会とベッタリ蜜月な政党が与党「自民党」です。

易照の方位予報 6月27日予報
方位予報図













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