易経「繋辞上伝」を読み解く⑪ 

易経繋辞伝
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易経「繋辞上伝」を読み解く⑪

夫(そ)れ易は広し、大いなり。以て遠きを言えば則ち禦(とど)まらず、以て邇(ちか)きを言えば則ち静かにして正し。以て天地の間を言えば則ち備われり。(繋辞上伝第6章第1節)

この章は「易経」という書物は何であるかということを改めて再定義しています。

ただしここで言う「易」は宇宙の法則と置き換えた方がわかりやすいでしょう。あるいはこの節「易=宇宙」と読み替えても通じる節です。

易(宇宙)を語るに、その大きさを問えば無限の広がりと奥行きを持ち限りがありません。では次元の違う存在で、手の届かないところにあるかと言えば一方でその存在は常に身近にあるし、感じるものです。宇宙の法則は極めて単純であるし、それをもってすればこの世のあらゆることを網羅しており、説明ができます。

夫れ乾は其の静かなるや専(もつぱ)らにして、其の動くや直(なお)し。是を以て大いに生ず。
夫れ坤は其の静かなるや翕(あ)い、其の動くや闢(ひら)く。是を以て広く生ず。(繋辞上伝第6章第2節)

この節の「静」をどのように解釈するか?

解説する本によっては「静」と「動」を対にして考え、静とは陰も陽もその氣を発しない静止の状態であると説明します。しかしここまで読み進めてきた解釈からすれば、この静は作用の静であって、陰も陽もその氣を発するに音もたてず存在を誇示することもなくごく自然に当たり前に作用する。

大音希声、大象無形。(老子道徳経第40章)

「六然訓」の言葉を借りれば、「得意澹然」であり「自処超然」であり「有事斬然」であり「無事澄然」です。陽の氣は曲がることなく直線的に陰に向かって力強く作用し、それを受けた陰は其れをしっかりと受け止め陽から受けた縦のエネルギーを横へ横へと広げていく。

陰陽の関係から五行へとそのエネルギーを転化していく様子を表します。そこから先は各五行の中で陽の氣と陰の氣に分かれ相互に作用しあいながら万物を生成していく。無限の広がりです。仰ぎ見れば宇宙は広く無限の広がりを見せますが、足元を見ればこの大地も宇宙同様に、無限の広がりと奥行きをもっているのです。

したがって易経に描かれている内容は、「かくあるべきだ」「こうでなければならない」という断定ではなく、あるいは「してはならない」「あるべきでない」という否定もありません。その解釈は極めて広く自由なのです。

広大は天地に配し、変通は四時に配し、陰陽の義は日月に配し、易簡の善は至徳に配す。(繋辞上伝第6章第3節)

この節にはもう一度先天八卦の図を思い起こす必要があります。

広大とは、坤と乾の縦のつながり。「広」は「至れるかな坤元」の坤の卦徳であり、「大」は「大いなるかな乾元」の乾の卦徳です。

変通とは「兌、震、艮、巽」の四卦をさし乾の陽氣を受けた坤が様々な生をこの地球に広げ生じる様子を表します。

「陰陽の義」、ここでの「陰陽」は「昼夜」であり時の運行を指します。従って左右の「離=日・太陽」と「坎=月」を配すと解く。

「 易簡の善は至徳に配す。 」

「易簡」は易の仕組み、原理。「善」はもちろん宇宙の法則の本質である「生」であり「性」ここまでに読み解いてきた「愛」であり孔子の言うところの「仁」でありますが、ここではその易の性質その物を定義するよりも、それを用いる人に焦点を当て「正しい」とその用い方の在り方を述べたと解釈します。

このように、世界の成り立ちは至極単純であり明白である。易経は実に難解なように見えて、全てこの原理に基づいているのだから、実は理解するに「易く」、その原理を用いるに「簡易」であり、正しく用いれば天地の徳をあまねく一身に受けることができるのです。

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