易経「繋辞上伝」を読み解く⑮ 

易経繋辞伝
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易経「繋辞上伝」を読み解く⑮

鳴(めい)鶴(かく)陰に在り。其(その)子(こ)、之に和す。我、好爵あり、吾(われ)、爾(なんじ)と之を靡(とも)にせん。子曰く、君子その室に居りてその言を出だす。善ければ千里の外もこれに応ず。いわんやその邇(ちか)き者をや。その室に居りてその言を出だす。善からざれば千里の外もこれに違(たご)う。いわんやその邇き者をや。言は身に出でて民に加わり、行ないは邇きに発して遠きに見(あら)わる。言行は君子の枢機なり。枢機の発は、栄辱の主なり。言行は君子の天地を動かす所以なり。慎(つつし)まざるべけんや。(繋辞上伝第8章第4節)

第8章は以下、「風沢中孚」「天火同人」「沢風大過」「地山謙」「乾為天」「水沢節」「雷水解」の爻辞を引用して、前節「之を擬(なぞら)えて後に言い、之を議(はか)りて後に動き、擬(ぎ)議(ぎ)して以て其の変化を成す。」を引き継ぎ、各卦象の各爻においてどのように行動するべきかを説きます。

孔子がなぜ64卦象よりこの7卦を抽出したのか?そこに言及する書籍はありません。繋辞上伝で孔子が引用しているこの六卦の引用解説部分を通しで読むと、君子としてのあるべき姿という一本の条理を見出すことができそうですが、孔子の言葉以外に何か感じる所は無いか?をまず考察してみたいと思います。

以下の図は、孔子が引用した7卦を「大象(大きな象‣形)」でとらえとらえ、更にそれを以て卦を再構築したものです。

風沢中孚の卦は中央の三爻、四爻を一つの陰爻(- -)と見ると、二爻から五爻の間で大きな「離(火)」と見ることができます。

天火同人はそのまま下卦の「離」を採用し、この二つを合わせると「離為火」という卦になります。この卦には「大智・明知」の卦徳があります。

但し火は何かに可燃性の物に拠らないと燃えることはできないように、その知・智を身に着けるためには、誰かに教えを請うたり、何かから学ばなければなりません。時には同好の士と行動を共にすることも必要でしょう。ゆえに「風沢中孚」と「天火同人」の卦を始めに引用する。

「沢風大過」の二爻から五爻を一つの陽爻(—)と見立てると、全体で大きな「坎(水)」と見ることができます。ここに地山謙の二爻、三爻、四爻の「坎」を抽出して合わせると「坎為水」という卦になります。この卦は「習坎」という困難、苦境に立ち向かう様と、その際に心中に構築すべき「誠」の志を説く卦です。

おそらく孔子は、自身の経験も含め苦学して得た知識を万民に施す「知恵」とすべく努力に努力を重ねたものの、そこには戦乱の時代という大きな困難が立ちふさがった。

しかし「易経」を通読しその節理を深く理解した孔子は、易経の摂理、そこから自らたどり着いた「仁」という境地は自分の人生の中で完成を見るのではなく、後を引き継ぐ弟子や後学の徒によって完成されるべきもの、いや完成というよりもより洗練されるべき「道」として考えていたでしょう。

ゆえに、「沢風大過」のような困難の時、誰かに迫害を受けるような苦難な時も「謙」の徳を以てその時に中(あた)る、ただし「謙」であってもそこに媚びへつらいがあっては成らず、確固たる志を失ってはならないという想いを込めて「沢風大過」と「坎為水」を以て引用する

続く「乾為天」は成就の卦です。

一方で苦労が報われて成就する時ほど人はおごり高ぶってしまう、節度を見失い暴走してしまうことが多々あり、孔子自身も身をもって経験したことと思われます。暴君の代表としてしばしば引用される夏王朝の桀王、殷王朝の紂王等、中国の為政者にはこういう暴君がしばしば登場します。こうした暴君は初めから無能で残虐であったのではなく、事の成就に溺れ自制を失った結果でもあり、孔子は易経を通じそういった史実や事実に触れるに付き、これを戒めたのだと考えます。

ゆえに「乾為天」を以て成就完成とそこで卦象の引用をとどめずに、引き続き「水沢節」の卦を用いたのは、そういった君子、大人の持つべき「節度」にその道の完成を見出したからだと思います。

その水沢節には上卦の「坎」に二爻から五爻に大きな「離」の象を見出すことができ、これを併せると「水火既済」の完成の卦となるのです。

一方で最後に引用する「雷水解」には、互體に「水火既済」とは反対の「火水未済」を見出すことができます。ここに至って「君子の道に完成はない」と、悟りを得た境地のその先にまた高い頂を見るような感覚に至ります。

大きな「離」を以て大智、しかしそこに「大坎の誠」の志が無ければおごり高ぶり失墜する。そこに至らず悟りを得る6卦目に水沢節、しかしそこが終着ではなく更なる高みを目指すのだと最後に雷水解の卦を引用した孔子の真意はそこにあるように感じます。

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