『黄金策総断千金賦通解』現代語訳②

「黄金策千金賦通解」現代語訳
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『黄金策総断千金賦通解』訳①
「五行易」を志す人必読の書、劉伯温著「黄金策総断千金賦通解」を再度現代文に訳します。
  1. 『黄金策総断千金賦通解』現代語訳②
      1. 「併不併、衝不衝なるは、字眼の多きに因る」
      2. 「刑にあって刑に非ず、合にあって合に非ず、支神が少なき為なり」
      3. 「爻令星に遇はば、物我を害し難し」
      4. 「伏、空地に居れば、事と心が与(とも)に違ふ」
      5. 「伏、提抜無ければ徒爾に終わる。飛推開せ不るも亦枉然」
      6. 「空下の伏神は、引抜し易し」
      7. 「制中の弱主は、以て維持し難し」
      8. 「日、爻を傷らば、真に其の禍に罹る。爻日を傷つくるも、徒に其の名を受けるのみ」
      9. 「墓中の人は冲せずんば発せず」
      10. 「身上の鬼は去らざれば安からず」
      11. 「徳卦に入らば、而も謀遂げ不る無し。忌身に臨まば而も阻多くして成る無し」
      12. 「卦凶星に遇はば、之を避ければ乃ち吉」
      13. 「爻忌殺に逢うも、之に敵あらば傷つけられる無し」
      14. 「主象休囚せば、刑冲剋害を見るを怕る」
      15. 「用爻の変動は、死・墓・絶・空に遭うを忌む」
      16. 「用、用に化するも有用あり、無用あり」
      17. 「空、空に化するも、空にして空なら不る有り」
      18. 「養は狐疑を主とす。墓は暗昧多し」
      19. 「病に化すれば損傷とし、胎に化すれば勾連とす」
      20. 「凶、長生に化すれば、熾んにして未だ散ぜず」
      21. 「吉も沐浴の敗に連なれば、而して成らず」
      22. 「回頭し我を剋するを戒む」
      23. 「特に反き以て人を扶くること勿れ」
      24. 「悪曜孤寒も日辰の併起を怕る」
      25. 「用爻重畳なれば、墓庫の収蔵を喜ぶ」
      26. 「事阻隔するは間発すればなり。心退悔するは世空なればなり」
      27. 「卦爻発動せば、須く交重を看る。動変比和せば、当に進退を明らかにす」

『黄金策総断千金賦通解』現代語訳②

「併不併、衝不衝なるは、字眼の多きに因る」

「併」とは日辰と同じ地支を帯びる爻のことで特に「日併」という。「衝」とは日辰から冲を受ける爻の事を指し、「(冲起)暗動」するものと「冲散」の二つの作用がある。「不併」とは、日併した爻が発動して回頭の剋となったり、墓に化したり、絶に化す事で、特にこれを「日辰変壊」と言い即日凶事訪れるの凶象である。「不衝」とは、例えば子日に占い、用神が午(火)であったとき、用神はすでに日辰から冲を受けるのだが、もしその時卦中に子(水)の忌神があって、発動して回頭の剋、墓に化す。絶に化すならばこれを「日辰化壊」といい、用神にはかえって即日吉を見る吉象である。「字眼」とは「併」も「衝」も単一的な作用ではなく、発動の如何によってその作用が変わることを形容した言葉である。

「刑にあって刑に非ず、合にあって合に非ず、支神が少なき為なり」

「刑」とは先述した「三刑」の事であり、「合」はこの場合「亥卯未(木局三合)、寅午戌(火局三合)、巳酉丑(金局三合)、申子辰(水局三合)」の「三合会局」を指す。

 例えば卦中に巳(火)の爻があり発動し、さらに寅(木)の爻の発動を見るも月建、日辰に申(金)が無ければ「三刑」は成立しない。

 例えば卦中に丑(土)と戌(土)の爻があり発動し、月建あるいは日辰が未(土)を帯びるならば「丑未戌」の三刑が成立する。すなわち、二支そろって発動を見ても、一支を欠くときは「刑」は成立せず、これは三合会局においても同様である。

 また三刑も三合も、卦中構成する地支・三支がそろっても、いずれか一支発動の無い静爻であればその情意はある物の三刑、三合共に成立を見ない。

「虚一待用」について

三合には「虚一待用」という用法がある。例えば卦中に申(金)と子(水)の動爻があって、辰(土)の爻が無い時は「申子辰(水局三合)」が成立しないのであるが(辰爻が足りないことを「虚」という)、この場合月建あるいは日辰の辰(土)を待ってこれを用い「申子辰」の三合の成立を見るという用法があり、これを「虚一待用」と呼ぶ。

※(注)「虚一待用」は主に応期として活用します

 

「爻令星に遇はば、物我を害し難し」

爻とはこの場合「用神」を指す。この用神が「令星」すなわち月建と同じ地支を帯びる(「月併」という)場合、あるいは日辰と同じ地支を帯びる(「日併」という)場合、卦中忌神が発動しても用神を剋すことができない。令星とは天の利であり、天の利を得た用神は何人もこれを剋すことはできない。

「伏、空地に居れば、事と心が与(とも)に違ふ」

用神が伏神してさらに空亡するときは、用神は無力であり、占った時用神が空亡の伏神ならば、望みとは裏腹に結果は伴わない凶象である。

「伏、提抜無ければ徒爾に終わる。飛推開せ不るも亦枉然」

伏神は提抜を受けて初めて用を為す(静爻扱い)。

提抜とは、伏神が月建、日辰と同じ地支を帯びる。これを「併起」と言い伏神は提抜される。

あるいは、伏神が月建、日辰または卦中の動爻の帯びる地支の五行より生を受ける。これを「生起」と言い伏神は提抜される。

あるいは、伏神が月建より生、あるいは比和する時に日辰から冲を受ける。これを「冲起」と言い伏神は提抜される。

以上の条件を満たさなければ伏神は提抜できず無用となる。これを徒爾に終わるという。

あるいは伏神が伏する爻を「飛神」というが、この飛神が日辰や他の動爻から冲を受ける場合、これを「冲開(推開)」と言い伏神は提抜される。

飛神が冲を受けず伏神が提抜できないことを枉然といい、徒爾に終わると同じ意味である。

※(注)伏神の提抜の条件ついては次項も参照してください


「空下の伏神は、引抜し易し」

伏神する爻の飛神が空亡である場合、伏神は提抜される。

※(注)伏神の提抜条件をまとめます
①伏神が月建、日辰と同じ地支を帯びる…「併起」
②伏神が月建、日辰、卦中動爻の地支が帯びる五行より生を受ける…「生起」
③月建より生あるいは比和している伏神が、日辰から冲を受ける…「冲起」
④伏神が伏す爻の飛神が日辰や他動爻の冲を受ける…「冲開」
⑤伏神が伏す爻の飛神が占日に墓絶空亡する

「制中の弱主は、以て維持し難し」

「制」とは月建、日辰、忌神からの剋冲で「主」とは用神の事。用神が月日に休囚して衰弱している時は、用神動爻静爻にかかわらず、忌神の剋を受けるは凶である。あるいは忌神の発動無くとも月建、日辰の剋冲を受けるは同様にその凶害を免れ得ない。これを「維持し難し」という。

「日、爻を傷らば、真に其の禍に罹る。爻日を傷つくるも、徒に其の名を受けるのみ」

日は日辰の事。爻は用神のこと。この場合日辰のみならず月建も含む。

月建、日辰からの用神への剋は、卦中忌神の剋よりも作用は大きく、例え用神が空亡、墓にあってもその剋害は免れることはできない。

一方で用神を含め卦中の動爻が月建、あるいは日辰の地支が帯びる五行を剋する関係にあっても、その剋は名ばかりの剋であり天に向かって唾するようなものであり、実態を伴わない。これを「徒に其の名を受けるのみ」という。

「墓中の人は冲せずんば発せず」

人は用神の事。用神が墓運の時は、諸事停滞、努力しても物事はなり難い。もし墓運にある用神を月建や日辰、卦中動爻がこれを冲すれば、これを冲開と称してその時初めて事が成就する。

ただし冲開は用神が原神の生を受ける旺相の用神であることが条件で、休囚の衰弱爻であれば冲はそのまま「月破」あるいは「冲散」となる。 

※(注)墓庫冲開は月建、日辰の場合は応期として活用します。動爻からの冲は、吉凶判断よりも情意、事象として観る場合が多いです。なおこの場合の墓運とは日辰に対する墓運でありますが、卦中用神を墓庫に収める爻…用神が寅卯(木)であれば未、巳午(火)であれば戌、申酉(金)であれば丑、亥子(水)であれば辰 …の爻が発動する場合同様に用神を墓庫に収めます。日辰墓であれば墓運の日辰が冲を受ける時…丑未(相冲)、辰戌(相冲)…爻からの墓は墓爻の冲をもって冲開します。

「身上の鬼は去らざれば安からず」

鬼とは六親五類の「官鬼」のこと。身上とは世爻(あるいは依頼占で用神を応爻する場合)の事。占って用神が月建、日辰、忌神より剋を受けることは凶象であるが、世爻、又は応爻が官鬼を帯びる時、試験、功名、勝負事等を占う以外は「官鬼」を帯びる用神が月建、日辰、忌神より剋を受けることはかえって吉と見るのである。これは官鬼の忌神が子孫であるが故、子孫を喜神とみなすためである。(喜神来たって我に就く) 

 ゆえに身上(世爻、応爻)の鬼去らざれば安からずというのであるが、もし用神である世爻、応爻が衰弱であるとき、特に月建、日辰からの剋を受ける、あるいは月破を受けるような時においては、官鬼を剋去できるのであるが自らも大きく傷を受け,その凶象は免れ得ないということを留意しなければならない。

「徳卦に入らば、而も謀遂げ不る無し。忌身に臨まば而も阻多くして成る無し」

「徳」は「得」で用神「地を得る」の意味。地を得るとは、例えば金運を占って世爻が「妻財」を帯びるなど、占う事の主体となる五類を世爻が帯びることを指す。用神が地を得るということは、その占事が成就しやすい吉象と説く。一方で「忌」とは世爻が忌神を帯びる、例えば金運を占って世爻が「兄弟」を帯びるなど、占う事の主体となる用神を剋す五類を世爻が帯びることで、その占事は成就し難い。

※(注)『卜筮正宗』等、古典の解釈は世爻と用神の合の関係を「徳」と解釈します。用神と世爻が合の関係にあるということは、占事により吉象と捉える場合もありますが、下の句「忌身に臨まば…」との関連を考慮すると九鬼先生の「徳=地を得る」の解釈の方が通じますのでこちらを是とします

「卦凶星に遇はば、之を避ければ乃ち吉」

占って、用神が月建や日辰から剋を受ける時は、その凶害は避けられないが、用神が月日の生を受けたり比和して旺相な時に、忌神が発動して用神を剋しに来るような時、用神が空亡したり、伏神したり墓運であれば、忌神の剋害を免れることができる。これを「避」というが、もし用神が月日に休囚していれば、空亡が明ける時、墓運であれば冲開されるとき、伏神は日辰が用神と同じ地支を帯びる「値日」の時、忌神の剋害を受けてしまう。

※(注)忌神の発動は言うまでもありませんが、占って用神が伏神したり、用神が静爻で空亡したり、墓運に当たればそれだけでも凶象です。凶を避けられるのは月日の作用がある旺相の用神だけです。

「爻忌殺に逢うも、之に敵あらば傷つけられる無し」

この場合の「爻」は用神を指す。「忌殺」は忌神の発動のことで「之に敵あらば」とは、忌神を月建、日辰が剋冲することを指す。剋冲の作用は月日が先であり、例えば子日の占いで用神が申(金)、忌神が午(火)であるとき、日辰の子(水)は先に忌神を剋を与えるので、忌神は用神を剋する力を失うか、冲を受ける(月建であれば月破、日辰からの冲であれば冲散)と弱体化する。また、日辰、月建とは別に卦中に忌神を剋する動爻がある場合も同様に忌神は用神を剋する余裕を失うのである。

「主象休囚せば、刑冲剋害を見るを怕る」

主象とは用神の事。占って用神が月建、日辰に休囚する場合は力が弱い衰弱の爻である。この時さらに月建、日辰、他動爻より剋や冲、刑や害を受ける場合は、例えば貧窮の人がさらに病や災害に逢いもはや用神として用をなさず凶は免れ得ない。

※(注)作用の影響は、日辰>月建>他の動爻で考慮します。

「用爻の変動は、死・墓・絶・空に遭うを忌む」

用爻は用神の事。「死」は12運勢の死運ではなく回頭の剋の事。用神自らの発動は占った事の成就に向けて当人が努力したり、物事が変化する吉象であるが、化爻が墓、絶、空亡に化す、あるいは回頭の剋に化するは自ら落とし穴に陥るようなもので、せっかくの発動がかえって自らを束縛するのである。

※(注)特に注意すべきは回頭の剋で、これは日辰、月建、原神からの生を無効化してしまいます。その他墓、絶、空亡に化するについての凶象の占験例はあまり見ません。むしろ空亡であれば出空填実、墓であれば冲開、絶であればその生を受ける時物事が応じるというような応期を見る時に使用することがあります。

「用、用に化するも有用あり、無用あり」

用は用神のこと、用に化すとは、「進神」「退神」「同じ地支」に化すことで、このうち進神に化すは、その勢いは時間の経過とともに増大しその効果は有用といえる。一方で退神に化すは、漸次その勢いがそがれ物事は低調、衰退する。同じ地支に化すは「伏吟」と言い物事は諸事、進もうとしても進めず引こうとしても引けず、八方ふさがりの停滞状態となる。それゆえ退神及び伏吟は無用といえる。

「空、空に化するも、空にして空なら不る有り」

空は空亡のことで、「用爻の変動は、死・墓・絶・空に遭うを忌む」の項で、用神が発動して空亡に化すは凶象と見るとすでに指摘したところであるが、「旺を帯ぶれば空に匪ず」の項で指摘した通り、空亡の爻が月建や日辰、あるいは発動する原神の生を受ける場合は旺相の空亡であって、空亡とは見做さない。この場合あるとみなして発動してさらに空亡に化しても、月建、日辰、原神の生を受けていれば根があるとみなして、無用の空亡(真空)とは見做さないのである。

※(注)近代五行易では空亡の爻の発動は「空亡と見做さない」と整理、区別するのが一般的です

「養は狐疑を主とす。墓は暗昧多し」

「養」「墓」は12運勢の「養運」と「墓運」のこと。このうち「五行易」で主に用いる12運勢は「長生、帝旺、墓、絶」の四局で、その他の「沐浴、冠帯、臨官、衰、病、死、胎、養」は特に吉凶の判断では用いることはない。12運勢の消長を考慮すれば、「養」は「墓絶」の衰運が極まり底を打ち、「胎」をへて「養」に至りようやく伸長の光明が見えてきたが、物事は未だ大きな変化は実感できる段階にない…という意義的な解釈にとどめるべきである。

 一方で「墓は暗昧多し」は占断上外すことのできない重要な判断基準となる。ただし「墓」の定義は曖昧で確たる定義づけは困難である。一例を上げれば、用神が発動して墓に化すような場合、病を占ったのであれば病が重篤化するか、治癒に時間がかかる、あるいは症状が長く残ると判断する。ただし用神旺相(用神官鬼旺相)の場合は、その墓に化した爻が冲を受ける「冲開」の時をもって回復すると応期を取り、一方で用神が休囚するような時墓に化し、さらにこの時に月建や日辰、忌神からの剋や冲を受けるような時は、急な病であれば回復し、重病で長患いであればいよいよ死期の近いことが危ぶまれる。病體を占って、患者である用神が墓運で発動して官鬼に化すは「官鬼に従って墓に入る(随官入墓)」で、重病人であれば必死の凶象である。

あるいは犯人や行方不明者の「逃亡」を占って、用神が墓運となる場合は潜伏してなかなか発見に至らないと判断する。

 また身命を占って用神が墓運であるならば、発動を見ても今一つ実力を発揮できないと判断する。失脱遺失物を占って、用神が墓運であれば見つかりにくい。結婚や恋愛を占って用神が墓運であればなかなか話が進まなかったり関係が深まらないと判断する。

※(注)墓運はその用途が吉凶及び応期多岐にわたり、これという定義を上げればその例は枚挙に暇がなくキリがありません。ただし「墓は冲開を好む」という特性があるので、用神墓運に遭っても、冲を受ければ物事は進展したり、変化します。一方で「墓は収蔵を好む」という特性もあり、卦中の「木局、火局、金局、水局」の墓運の爻「木局=未(土)、火局=戌(土)、金局=丑(土)、水局=辰(土)」が発動すると、卦中のそれぞれの局の帝旺の爻「木局=寅卯、火局=巳午、金局=申酉、水局=亥子」を墓に取り込んでしまいます。この場合、取り込まれた爻が用神である場合、恋愛であれば「相手のことが氣になって盲目的になる」と判断したり、金運であれば財爻が墓に取り込まれ、墓の爻が世爻を生合すれば「財を手中に収める」と判断します。また墓運その物を「暗昧=不安、不満」のような意味でとらえる等、事象を見る場合もあります。いずれにしても多くの占例に触れ、墓の効用を研究、経験することが必要です。

 

「病に化すれば損傷とし、胎に化すれば勾連とす」

用神が12運勢の「病運」あるいは「胎運」にあたる場合を指す「損傷」は用神が傷を負うという事、「勾連」とは何かに束縛されたり、そのことに時間を費やす…といった意味合いであるが、12運勢は「長生、帝旺、墓、絶」以外は吉凶に用いることはほとんどなく、情意衰勢等事象を判断するに留めるべきである。ただし例外的に「胎」は出産、妊娠を占って胎児の有無を推断するときに用いたり、胎児の性別を判断する(胎運の爻の陰陽から性別を判断する)時に用いることがある

「凶、長生に化すれば、熾んにして未だ散ぜず」

「凶」は忌神のこと。忌神が発動して長生に化すような場合は、その凶の害意は時間の経過とさらに増大してすぐには去らない状態を「未だ散ぜず」という。ただし吉凶の強弱は用神の旺衰で判断し、忌神の発動を見ても、用神が月建、日辰から生を受けていれば、忌神の剋害は例え忌神が長生に化しても一時的な物であり、一方で用神が休囚したり月建、日辰から剋を受けるような時は、忌神からの剋害は甚大なものとなる。 また、用神や原神が長生に化すような時は逆に漸次吉意が増幅するものと判断できる。

「吉も沐浴の敗に連なれば、而して成らず」

「吉」はこの場合特に「婚姻」などの慶事を指す。12運勢の「沐浴」は、特に神煞の「沐浴煞(殺)」と称し、「淫敗の凶神」となし婚姻を占って用神(妻財又は官鬼)が沐浴運を帯びるを「姦淫廉恥」の凶煞とみなす。他のことを占って用神が沐浴運をもって吉凶を断じることはないが、特に結婚の吉凶を占って用神が沐浴運を帯びることを嫌う。

※(注)「五行易」の成立の下地には「四柱推命」の思想が多分に含まれています。その影響で古典では12運勢多用しますが、このうち験として認められるのは「養は狐疑を主とす。墓は暗昧多し」の項で指摘する通り「長生、帝旺、墓、絶」の四局のみで、その他病体を占う時の「死運」、妊娠出産を占う時の「胎運」、婚姻を占う時の「沐浴運」等、きわめて特殊な場合においてその12運勢を用いることはあります。あくまでも吉凶の判断は用神が月建、日辰や原神からの生剋を優先して判断すべきで、用神が長生であるから吉であるという事にはなりません。

「回頭し我を剋するを戒む」

用神が自ら発動し、変化した化爻が本爻を剋する五行に変化する「回頭の剋」は大凶の象である。病氣や寿命を占って回頭の剋となった場合は必死の象とし、その他の占いであっても凶象であるが、もし用神が世爻(特定の人物の身命占で応爻が用神の時も同様に)で官鬼を帯びる時、発動して回頭の剋となる場合、化爻は官鬼を剋する子孫となる。これは身上の官鬼を剋去する喜神に化すので、かえって身辺に帯びる災いを取り除く…という吉象として解釈する。あるいは金運を占って、卦中に「妻財」が現れず伏神するような場合、通常であれば「財は得難い」の凶と判断するが、占った時世爻が父母を帯び発動して回頭の剋となる場合、化爻は父母を剋する妻財となる。これは自ら努力することで「財が来たりて我に就く」という形で、財をモノにする象である。

※(注)回頭の剋は、用神にかかる「生、比和」の吉意効果をすべて無効化します。

「特に反き以て人を扶くること勿れ」

「徳」とは「徳卦に入らば、而も謀遂げ不る無し。」の項で示した「得」で用神が地を得るという吉象の事である。これとは逆に、応爻が用神を帯びて旺相して発動したり、用神が世爻にとり忌神となり応爻を生合するような場合を「徳に反きて人を扶ける(反徳扶人)」という。例えば金運を占って「反徳扶人」するような場合は、利益の大半は相手に持っていかれ自分には利無しという凶象である。

※(注)「反徳扶人」の条件
①用神が発動し世爻を剋する一方で応爻や他爻を生合する
②応爻が用神を帯び旺相発動する

「悪曜孤寒も日辰の併起を怕る」

「悪曜」とは用神を剋す忌神(あるいは冲する爻を指す)。「孤寒」とは休囚の事。もし卦中休囚する忌神が発動しても、用神が旺相であるならば忌神の剋害は力なく恐れるに足らない。ただし、忌神が日辰から生を受けたり比和するような時は、忌神の力は強くその剋の被害は甚大なものとなるであろう。これを「日辰の併起を怕る」という。これは月建においても同じことが言える。

※(注)九鬼訳は孤寒とは時(占った時、あるいは月日)に休囚と訳すが、「卜筮正宗」では「孤とは孤独にて…」とあり、「孤寒」という文字より「忌神独発」と解釈するべきでしょう。すなわち卦中一人忌神のみ発動するような時、用神が月建、日辰からの生や比和といった作用があれば忌神の発動は心配無用も、独発の忌神が日併や月併、生、比和(月建であれば合も含む)するような場合、仇神の発動はなくとも忌神は力が強く、其の剋害は甚大である…と訂正して解釈します。

「用爻重畳なれば、墓庫の収蔵を喜ぶ」

「用爻重畳」とは、用神多現のこと。例えば金運を占って、「妻財」を帯びる爻が外卦内卦両方に現れる場合をいう。あるいは月建や日辰が用神と同じ五類を帯びたり、発動する爻が用神を化出する場合も重畳という。このような時、世爻或いは卦身が墓運を帯びるような時は「自ら(用神を)墓庫に収蔵する」と言い、その墓を冲開する時に事が成就するという。また世爻、卦身が墓運にあたらなくても用神が墓運にあたるときに「墓庫収蔵」と見て事が成ると断じるのである。

※(注)九鬼訳「重畳」を用神多現と解釈するも、「卜筮正宗」は「太過」と解釈し、こちらを是とします。用神多現の場合においても、占事採用する用神は一つで、もう一つは事象を見ることはあっても吉凶の占断では捨てます。従って多現というよりも、用神が月併あるいは日併、又は月建や日辰の生を受け、さらに原神からの生も受けるような時は、世爻や卦身が墓爻を帯びるは占事を墓庫に収めるで成就しやすく、またその応期として日辰墓に応ずる…と訂正して解釈します。

「事阻隔するは間発すればなり。心退悔するは世空なればなり」

「間」とは「間爻」のことで、世爻と応爻間の二爻のこと。縁談や交渉事等、自身と相手がいるようなことを占う場合、あるいは出行占等出発地(世爻)と目的地(応爻)の間の二爻、乃ち間爻が発動して世爻或いは応爻を剋冲するようなことがある場合は、その発動爻、阻滞支障の原因となり世、応相通ぜずの凶象と為す。その支障の事象を類推するときは、その爻が帯びる五類をもって類推する。例えば父母であれば年長者、妻財であれば女性や金銭にかかわること、子孫であれば仏事や子どもや目下の存在、兄弟であれば友人や同僚等。ただし、占事につき自身と相手に関わること支障事等が特段類推できない場合は、間爻の発動を案じる必要はない。

 「心退悔」とは、占事の当事者の心が定まっていなかったり、言葉と心中が異なっていることを指す。もし世爻を用神とするような占いを立てて、世爻が空亡するような時は本人にその氣があまり無いか、氣力に乏しいと判断するべきである。ただしこの場合も、発動したり月建、日辰からの吉作用がある場合は空亡は考慮しなくともよい。世爻が月日に休囚する衰爻で、あるいは月破であったり月建日辰から剋の作用を受け、さらに原神の発動もないなどの「真空」である場合のみ考慮すればよい。

「卦爻発動せば、須く交重を看る。動変比和せば、当に進退を明らかにす」

「交重」とは、「老陰(交)」「老陽(重)」で陰陽発動する爻の事である。この時「交」は事の未来、成り行きを表し、「重」は過去、既往の事を表す。ただしその事象、本爻を事の始めとし、化爻を事の終わりと判断することは「交」も「重」も同様である(「動を始と為し、変を終と為す」の項参照)。従って、未来や事の成り行きは必ず化爻に現れると言えよう。ゆえに爻の変化をなおざりにして、発動する爻のみをもって過去未来を推断するは誤断の元であり、この説は発動する爻の化爻に何らかの事象を見いだせない時に「老陰(交)の発動であるから未来の事」「老陽(重)であるから過去の事」と推断するべきである。

 「動変比和」とは、発動する爻が同じ五行の地支を化出する「進神退神」あるいは「伏吟」のこと。

その変化する状態より吉凶を断ずるのである。

※(注)難解な解釈ですが、化爻の五類が何を帯びるのか、あるいは「日併」「日辰の合」「日辰の冲」に化す場合はしばしば占事の事象を表します。特に用神が発動する場合、変化した先の五類が何を帯びるかによって、吉凶以外の事象を推断します。

 

『黄金策総断千金賦通解』現代語訳③
「黄金策総断千金賦通解」現代語訳③これで完結です
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