易経「繋辞下伝」を読み解く5

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易経「繋辞下伝」を読み解く5

古者(いにしえ)包犠(ふっき)氏の天下に王たるや、仰(あお)いでは象を天に観(み)、俯(ふ)しては法を地に観、鳥獣の文(ぶん)と地の宜(ぎ)を観、近くはこれを身に取り、遠くはこれを物に取る。ここにおいて始めて八卦(はっか)を作り、もって神明(しんめい)の徳を通じ、もって万物の情を類す。(繋辞下伝第2章第1節)

第2章は伏羲を始め、神農、黄帝、堯、舜、禹の古の聖人を引き合いに、周易に至るまでの易経の各卦象の成り立ちを、具体的に卦象を例として引き合いにしながら詳説します。

「 古者(いにしえ)包犠(ふっき)氏の天下に王たるや、仰(あお)いでは象を天に観(み)、俯(ふ)しては法を地に観、鳥獣の文(ぶん)と地の宜(ぎ)を観、近くはこれを身に取り、遠くはこれを物に取る。 」

「古の聖人である伏羲氏が天下の王として君臨されていた時、天を仰ぎ見てその気象や日月、星々の運行、自然現象を観察し、その視点を大地に移しては、山川草木の生の営みと四季の巡りをつぶさに観察し、鳥や獣が住まう森や草原、大自然が織りなす美しい生の営みと、その土地、その場所に応じた万物の固有の発展のありさまを観察し、これを時には自らの人体に、時には遠くに見える山や稲光等の事象や現象を以て、その“象=形”を想像した。」

易経の八卦を作った伏羲は一説によると古事記の“大国主命”と言われています。一方で、高天原で天照大神とともに“うけひ(うけい)”をして地に戻り“根の堅州国”に赴いた素戔嗚尊に近いとも思えます。

“根の堅州国”で素戔嗚尊は、人間がこの地球で生きていくためのあらゆる技術や道具、知識を考案、研究しこれを伝えたとされています。

後刻、大国主命は自らが納める“葦原の中つ国”の国造りのために、素戔嗚尊の元を訪れ、その知識や技術を直接学び、修行を積まれたと古事記には記されています。

おそらく素戔嗚尊の考案した知識や技術、大国主命が継承したこれらの物は、伏羲が考案した八卦と同じような物であったと思います。

天の日月や星々の運行を見て時を知り、大地の生の営みから四季を感じ、また山川草木、鳥獣の様子を観察し、その益と実害を研究し、それを人間の生活のために知識として伝える。

文字というものがまだ発明されていない時代に、どのようにこれを伝えるか?

当初は有名なラスコーの壁画のように絵で伝えていたのかもしれません。しかし、伝えるべき情報や技術が複雑になるにつれ、それらを全て絵によって伝えるには煩雑に過ぎます。

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そこで、そういった万物や事象を象徴的に表現する「象=形」を考案したのです。これが伏羲の伝える所の「八卦」です。ゆえにこの節続く句にてこれを詳説します。

「 ここにおいて始めて八卦(はっか)を作り、もって神明(しんめい)の徳を通じ、もって万物の情を類す 」

「ここに至って伏羲氏は“八卦”を考案し、これを以て“乾(天)・坤(地)・坎(水)・離(火)・震(雷)・巽(風)・艮(山)・兌(河)”の気象や地勢を、またそれぞれの八卦が帯びる性情“健(乾)・順(坤)・陥(水)・麗(火)・動(震)・入(巽)・止(山)・説(兌)”の帯びる象意を考察・分類されたのである。」

この句の「神明」は繋辞上伝でも読み解いてきた通り、神の所業や明知といった意味よりも、「陰陽の明白かつ明確な作用」と解釈するとより理解が進むところです。

すでに何度も取り上げてきた太極より陰陽生じ(両儀)、両儀より四象生じ、四象より八卦生じる易経発展生成の段階です。

易経「繋辞下伝」を読み解く6
繋辞下伝を読み解く第2章は、文王やその子、旦の解釈を超えた孔子の独自解釈が展開されます
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